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2006年8月16日 (水)

ごっくん馬路村(⌒_⌒)

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四国の梅雨明けの前日(7月25日)、四国の人もしばらくぶりというギラギラの太陽のもと、僕たちはその村を目指し、センターラインもなく対向車とのすれ違いもままならないクネクネの山道を走ること一時間余り、ようやく山深い四国山地の真ん中、隣は徳島ざかいというあの“馬路村(うまじむら)”に辿り着きました。でも、あれだけ大変な思いをしてそこに辿り着いたこと自体が鮮烈な想い出になりましたよ(笑)
   『はじまりがあった。』 ~馬路村のゆず物語~
一、柚子を作ろうと云うた、おんちゃんがおった。
  その時は売る事は考えてなかった。
  農業が、柚子をあつかうようになった。始めは手でしぼりよった。
  いっしょうけんめいしぼっても、よう、売らんかった。

二、この気候・風土、
  ぜったいに香りのええゆずのとれる自信があった。
  神戸に持っていった。その時127万円、売った。
  ぜったいに香りのえい柚子のとれる自信があった。
  しかし、あとあと、そんなに売れんかった。
  その時から産直を考えるようになった。
  パートのおばさんが時々3人働けるだけの事業だった。

三、小さな村の少ない柚子でも同じ産地にまけたら、
  生き残れんと考えた。
  日曜も祭日もなかった。 各地のイベントにいつも出店した。
  何千人何万人にも声をかけた。
  少しづつ売り上げが上がっていった。

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山林が村の面積の96%を占め、人口わずか1200人。林業だけに頼っていたら今頃は廃村の危機に瀕していたかも知れませんが、20年前、ひとりの農協職員が地域を動かして、この地に古くから栽培されている「柚子(ゆず)」を核として様々な商品を開発し、地道に通信販売(直販)を行ってきて、現在では顧客35万人、ゆず農家170戸に支えられ、村役場職員よりも多い60人雇用のゆず食品工場 “ゆずの森” を有するまでとなり、直販で年間約30億円を売り上げています。その売り上げの主力が“ごっくん馬路村”というネーミングのゆずドリンクです。“ゆずの森”を訪れて最初にドリンクをいただいた時の清涼感、馬路村そのものを丸ごと飲んでいるというあの何とも云えぬ満足感が、この旅のすべてを物語っていました。
四、やっと、一人の電話番が雇ってもらえた。
  製造しては、トラックにつみ、
  自分達で売りに行く日々がつづいた。
  パートの女性が5~6名ほどになった。
  日雇いで保障はなにも無かった。
  いつかは、常雇いにしたいと、いっしょうけんめい売った。

五、少しずつ柚子の事業が認められるようになった。
   みんな、ほんとうによう働いた。
  不満もあったろうに、口には出さなかった。
  いつかは賞与も出せるようになりたいと思いよった。

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そうなんです(⌒_⌒)
ただ単なるゆずドリンクだけでは年商31億は到底できる話ではありません。様々なゆず製品を売り込むのではなく、馬路村のくらし、ことば、文化、人々、季節、水と空気、風習、いなかそのものを、今のようなホームページもない時代から、口コミと誠意・温かさで売り込むことで、お客さんは馬路村が好きになり、ファンになり、リピーター、村のスポークスマンとなり、その結果、現在の31億円という売り上げにつながったのだと思います。
六、町の人への案内は、
  コピーしたあいさつ状と価格表しか無かった。
  それでも少しづつ売り方のくふうが進んでいった。
  もしかしたら、生き残れるかもしれないと思ったが、
  危機感は山ほどあった。

七 、不利、不便、過疎、高齢を逆手に取った。
   町の人が「がんばりよ、」と言うてくれるようになった。
  いつの間にか二十年が過ぎた。工場も大きくなった。
  六十人が働くようになった。
  しんどかった時 事業をささえた、おばちゃんや、
   町で出会った、おばちゃんが居た事を忘れたら、いかん。
                
(ゆずの森 デザイン室より)
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こんな馬路村のゆず物語。 とても素晴らしいことですが、誰もが真似できることでもありません。ここふくしまの中山間地域でもどうやったら地域興しができるのか、何もないこの田舎でどうやって行ったらいいのか皆が真剣に悩んでいますが、平らな農地もなく、ゆず以外に何の農産物資源もない馬路村のあの頑張りようを見たら、村おこしに必要なのは実は人間の知恵なんだということがよ~くわかりました(⌒_⌒)

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ココふぉれダックスな日々」カテゴリの記事

コメント

こんばんは、Megさん。

先日からENDLESS NIGHTさんのブログでお話をさせて頂いております
めぐ、です。

私もこの馬路村には学生と一緒に春に一度、
そしてつい先日の7月に二度目の訪問をし、
9月にはさらにもう一度調査実習での訪問をさせて頂くことになっているんですよ!なんというご縁でしょう。
小田さんばかりではなく、こんなつながりが
今になって発見できて喜ばしい限りです。

馬路村のサクセスストーリーには感動しました。
まさに村おこしに必要なのは「人の情熱と知恵」
だと私も思いました。
あの村には近年では、市内からの若い女子学生の就職先としても注目されつつあるようなのです。
「女性が来たら男も付いてきよる」って(笑)

どんな村でも頑張っている村では女性が元気ですよね!
私、以前、檮原町にも行きました。
中山間地域の研究なんて自分にはまるで無縁だと
思いながら大阪で過ごしてきた学生時代ですが、
四国に来てから、自分のスタンダードが大きく
変わってゆくことを感じている日々です。

嬉しくて来てしまいました。
これからもよろしくお願いします!

投稿: めぐ | 2006年8月18日 (金) 01時17分

こんばんわ~! めぐさん。
自分と同じよみのHNというのもちょい不思議な気分ですね(笑)
かつて、東京勤務時代 
土佐の高知の方とは、
仕事でいろいろお付き合いさせていただきました。
土佐の人たちの心意気を、
会津の人間としてとても新鮮に感じました。
今回、ようやく機会に恵まれ、
四国で唯一訪れたことのなかった高知県を
初めて訪れることができました。
ゆく夏を惜しむかのような蝉時雨の中、高知城の天守閣に登り、
坂本竜馬の抱いた夢に、静かに想いを寄せてまいりました。

>小田さんばかりではなく、
>こんなつながりが今になって発見できて喜ばしい限りです。
小田さんのつながりがなんといっても一番のつながりかな...
そのペースがあって、
四国、そして馬路村、檮原町というさらなるつながりも生まれてくる。
こんな素敵なことはありませんね(⌒_⌒)

>中山間地域の研究なんて自分にはまるで無縁だと思いながら
>四国に来てから、自分のスタンダードが大きく変わってゆく
四国のあの山間地域で、
とても真剣で、でも人として有意義なあの生き方を見れば、
自分自身のスタンダードも自ずと変わってゆくと思います。

僕も、Researcherのひとりとして、
ふくしまの農業者のために努力してゆこうと思っています。
これからも小田さん・オフコース・村おこしに
こちらこそよろしくお願いします(⌒_⌒)

投稿: Meg | 2006年8月18日 (金) 21時10分

追伸
9月の学生実習の折には、
ぜひ、こちらのログにもご一報を頂戴いただければ
ありがたいことだと思っております(⌒_⌒)

投稿: Meg | 2006年8月19日 (土) 20時49分

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